【プロレス蔵出し写真館】今から35年前の1989年(平成元年)7月24日は、プロレス界で画期的な出来事があった日だ。初のプロレスラー国会議員が誕生した。 〝燃える闘魂〟アントニオ猪木が参議院比例代表選挙で初当選したのだ。
猪木の参院選出馬は東スポがスクープした。6月7日発行の1面で報じると、プロレス界は騒然となった。 ソ連(当時)から10日に帰国した猪木は正式に出馬を表明。20日の「スポーツ平和党」結党式には坂口征二、長州力、藤波辰巳(現・辰爾)以下、全レスラーが結集して乾杯した。
意外な応援者はビッグバン・ベイダーで、「リング上で敵同士で戦ってきたが、私はミスター・イノキを尊敬している」と猪木とガッチリ握手を交わして激励した。 スローガンは「北方領土返還」で、キャッチフレーズは「国会に卍固め」と「消費税に延髄斬り」。
出典: アントニオ猪木さんの劇的な参院当選から21年後…〝弟子〟前田日明氏が「候補」から外れた経緯激白 - ライブドアニュース
「燃える闘魂」アントニオ猪木さんが亡くなってから時が経ちますが、その人気は衰えることを知りません。最近では、1989年の参議院議員当選35周年がニュースになるなど、彼の伝説は今なお語り継がれています。
そんな猪木さんにまつわる伝説の中でも、特に有名なのが「タバスコを日本に持ち込んだ」という話。ピザやパスタに欠かせないあの調味料が、実は猪木さんのおかげで広まった…というのは本当なのでしょうか?
多くの人が信じているこの話には、実は知られざる真実と、猪木さんのビジネスマンとしての驚くべき「闘魂」が隠されていました。この記事では、「アントニオ猪木とタバスコ」の関係にまつわる誤解を解き明かし、彼の破天荒なビジネス戦略と、その根底に流れる不屈の精神に迫ります。
元気ですかー!元気があれば真実がわかる!
【衝撃の真実】猪木がタバスコを持ち込んだは嘘だった?意外な関係に迫る!
「アントニオ猪木がタバスコを日本に持ち込んだ」という話、あなたも一度は聞いたことがあるかもしれませんね。しかし、これは厳密には間違いなんです!😲 実は、タバスコ自体は第二次世界大戦後、1940年代にはすでに日本に入ってきていました。
では、なぜ「猪木=タバスコ」のイメージが定着したのでしょうか?
その答えは、猪木さんが1970年代に経営していた貿易会社「アントン・トレーディング」にあります。この会社が、タバスコを製造するアメリカのマキルヘニー社と日本での独占販売契約を結んだのです。
つまり、猪木さんは「初めて持ち込んだ人」ではなく、「日本中に普及させた立役者」だったというわけです。彼の知名度を活かした強力なプロモーションによって、タバスコは日本の食卓に欠かせない存在へと成長しました。
この大成功が、いつしか「猪木が持ち込んだ」という都市伝説に変わっていったのですね。
ちなみに、タバスコがメキシコ料理のイメージからメキシコ産だと思っている人も多いですが、これも誤解。正しくはアメリカ・ルイジアナ州生まれの調味料です。タバスコペパー、塩、ビネガーというシンプルな原料をホワイトオーク樽で3年も熟成させるという、こだわりの製法で作られています。
このピリッとした辛さが、猪木さんの「闘魂」のイメージと重なって、多くの日本人の心を掴んだのかもしれませんね!🔥
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なぜ、アントニオ猪木は カリスマになり得たのか #タイトルだけビジネス書大賞
返信先:@Takotako9999999 誤解与えたかもですが、「職業レスラー」って意味は当時に試合をこなせばそれでOKって思ってる人を指したつもりでした 今のレスラーさんをどうこうって意味は含んでないですね アントニオ猪木に影響受けてる人ってほぼ今いませんので、どうこう言うつもりは全くありませんです
アントニオ猪木さんの謎の一つに、なぜ引退試合相手がドンフライであったか?ですよね。 pic.x.com/j39QNEWvXc
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闘魂商売!アントン・トレーディング社の驚くべき普及戦略
アントニオ猪木さんのビジネス手腕は、リングの上での闘いと同じくらい規格外でした。彼が設立した「アントン・トレーディング」は、どのようにしてタバスコを日本中に広めたのでしょうか?
その戦略は、まさに「闘魂」そのものでした。💪
1970年代、猪木さんはタバスコという調味料の将来性を見抜きます。当時、日本ではまだ馴染みの薄かった辛味調味料ですが、彼はその独特の風味と刺激が日本人に受け入れられると確信していました。
そして、自らアメリカのマキルヘニー社と交渉し、日本での独占販売権を獲得します。
ここから が猪木さんの真骨頂。彼は自身の絶大な知名度を最大限に活用します。テレビCMや雑誌広告はもちろん、プロレスの試合会場でもタバスコをアピールするなど、あらゆるメディアを使って宣伝活動を展開しました。
まさに「元気があれば何でもできる」の精神で、タバスコを日本の食文化にねじ込んでいったのです。
この猪木さんの先見の明と行動力がなければ、タバスコがここまで日本で愛されることはなかったでしょう。彼はただのレスラーではなく、時代の流れを読む鋭い嗅覚と、リスクを恐れず挑戦する起業家精神を兼ね備えた、本物の実業家だったのです。
タバスコの普及は、彼のビジネスにおける「闘魂」が見事に発揮された一例と言えるでしょう。まさに、国会に卍固め、消費税に延髄斬りを決めた男の、食文化への鮮やかなアームロックだったのかもしれませんね!
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返信先:@wavemomchan アントニオ猪木さんが、日本に普及させたヤーツ
きょうの「#ななスパBIZ」は💡 🟡燃える闘魂アントニオ猪木展始まる 🟡加齢性難聴への理解普及へ協定 皆さんの気になるニュースは? ぜひご覧ください! ※内容は変更になる場合があります。
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猪木酒場の伝説メニュー「流血場外乱闘」とタバスコの融合
アントニオ猪木さんの世界観は、飲食店プロデュースにも色濃く反映されていました。彼が 手掛けた「アントニオ猪木酒場」は、プロレスファンならずとも一度は訪れたい、まさに”闘魂”のテーマパークのような場所でした。🍻
数あるユニークなメニューの中でも、特に猪木さんとタバスコの関係を象徴していたのが、カクテルの「流血場外乱闘」です。その正体は、トマトジュースとウォッカをベースにしたカクテル「ブラッディーマリー」。
そこにタバスコをふんだんに使い、プロレスの激しい試合を表現していました。
このネーミングセンス、最高じゃないですか?😂 トマトジュースの「赤」を「流血」に、そしてタバスコの刺激的な辛さを「場外乱闘」のヒリヒリ感に見立てる。単なるカクテルを、一杯のエンターテイメントに昇華させてしまう手腕は、さすが猪木さんです。
この「流血場外乱闘」は、猪木酒場の人気メニューとなり、多くの客が注文しました。それは、猪木さんのプロレスラーとしてのカリスマ性と、実業家としてのユーモアが見事に融合した一品だったからです。
タバスコという調味料が、猪木さんの手にかかれば、プロレス文化を体感できる刺激的なアイテムに変わる。このユニークな商品展開もまた、タバスコの認知度をさらに高める一因となったのです。
まさに、飲む「闘魂」でした!
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タバスコだけじゃない!実業家・猪木の知られざる挑戦の数々
アントニオ猪木さんのビジネスへの挑戦は、タバスコだけにとどまりませんでした。彼の「闘魂」は、様々な事業へと向けられていたのです。まさに「道」の詩にある「この道を行けばどうなるものか」を体現するような、挑戦の連続でした。
猪木さんは1970年代、ブラジルでの生活経験を活かし、食料品の貿易会社を設立。タバスコの他にも、マテ茶やヒマワリの種といった、当時日本ではまだ珍しかった商品を輸入・販売していました。
特に「アントンマテ茶」は、健康志向の高まりを先取りした商品として知られています。🍵
さらに、飲食業界にも積極的に進出。スペアリブのレストランチェーン「アントンリブ」を経営するなど、その事業は多岐にわたりました。もちろん、すべての事業が順風満帆だったわけではありません。
中には短命に終わってしまったものもあります。
しかし、重要なのはその結果だけではありません。リングの上で世界の強豪たちと戦い続けたように、ビジネスの世界でも常に新しいことに果敢に挑み続けたその挑戦的な姿勢こそが、アントニオ猪木の真骨頂です。
彼の事業は、単なる金儲けではなく、プロレスラー「アントニオ猪木」の生き様そのものだったと言えるでしょう。そのバイタリティと挑戦し続ける姿に、私たちは今もなお「元気」をもらえるのです。✨
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返信先:@bozu_108 よく聞くタバスコを日本に持ち込んだのがアントニオ猪木さん、は間違いだが、『マテ茶』を日本で最初に取り扱ったのは正真正銘アントニオ猪木さん(アントンマテ茶として売り出したのだそうです)
アントンマ テ茶ってここだけのネタかと思ったら ガチでそういう商品があったの知らなかったそんなの #キン肉マン #アントニオ猪木 pic.x.com/s73lNHmvTp
🌟 #今日の言霊 :No.192 #燃える闘魂 #アントニオ猪木(プロレスラー、実業家、政治家) 何事も決してあきらめずに最後まで戦う闘争心、すさまじいばかりの闘魂・闘志を持って臨む。 「絶対に負けるものか」という激しい思いが必要不可欠である。 #信州ブレイブウォリアーズ
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猪木にタバスコの印税は入る?気になる権利収入の行方
「猪木さんがタバスコを広めたなら、今も印税がガッポリ入ってきているのでは?」と考える人もいるかもしれませんね。💰 しかし、残念ながらその答えは「NO」です。
アントニオ猪木さんが経営していたアントン・トレーディング社は、確かに一時期、タバスコの日本における独占販売権を持っていました。しかし、その後の事業展開の中で、猪木さんは多額の借金を抱えることになり、経済的な理由からその販売権を手放してしまったのです。
そのため、現在、タバスコがどれだけ売れても、アントニオ猪木さん本人やご遺族に直接的な印税収入が入ることはありません。これは少し寂しい気もしますが、ビジネスの厳しい現実を物語っていますね。
現在は、正田醤油などの会社が日本での販売を担っています。
ここで注意したいのが、「タバスコの販売権」と「アントニオ猪木の肖像権」は全くの別物だということです。猪木さんの写真や名前、「闘魂」といったブランドを使ったグッズなどの権利は、彼が設立した「猪木元気工場」などの会社が管理しています。
ですから、猪木さんのTシャツやキーホルダーなどの公式グッズの収益は、タバスコとは関係なく存在します。
タバスコとのビジネス関係は過去のものとなりましたが、猪木さんが日本の食文化に残したインパクトは計り知れません。彼が権利を手放した後も、「タバスコといえば猪木」というイメージがこれほど強く残っていること自体が、彼の存在感の大きさを証明していると言えるでしょう。🔥
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タバスコが好きだ。この調味料を日本で広めてくれたアントニオ猪木さんに感謝だ。ちなみに、猪木さんの戒名は「闘覚院機魂寛道居士」だそう。強そう。
返信先:@bozu_108 日本にタバスコを広めたのはアントニオ猪木 pic.x.com/vEnL85ylvA
返信先:@bozu_108 タバスコ 既にあったが本格的に日本に広がったのはアントニオ猪木が経営する貿易会社が輸入してから。
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結論:猪木の闘魂はタバスコに宿る!伝説が語り継がれる理由
アントニオ猪木とタバスコ。一見、不思議な組み合わせですが、その関係を紐解くと、彼の生き様そのものである「闘魂」が見えてきます。
「初めて日本に持ち込んだ」という伝説は誤解でしたが、彼が日本の食卓にタバスコを「定着させた」功績は計り知れません。それは、彼の代名詞である「元気があれば何でもできる」という、何事にも全力で取り組む姿勢の賜物でした。
猪木さんは、プロレスラーとしてだけでなく、実業家としても常に挑戦者でした。彼の有名な詩「道」の一節、「迷わず行けよ、行けばわかるさ」という言葉は、まさに彼のビジネスへの姿勢そのものです。
当時まだニッチだったタバスコ市場への参入は、まさに未知の道へ踏み出す挑戦でした。その行動力と先見の明があったからこそ、私たちは今、当たり前のようにタバスコを手に取ることができるのです。
タバスコの販売権は手放し、直接的な収入はなくなりました。しかし、金銭的な価値以上に、猪木さんは「タバスコといえば猪木」という強烈なブランドイメージを日本人の記憶に刻み込みました。
それは、彼の持つカリスマ性、破天荒な魅力、そして何より、 人々を惹きつけてやまない「闘魂」があったからに他なりません。
アントニオ猪木という不世出のヒーローが残してくれた、ピリリと辛い「元気」の源。それが、タバスコという一本の瓶に宿っているのかもしれませんね。ありがとう、猪木さん!
1、2、3、ダーッ!🙌
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返信先:@yosshy0115他1人 名言ですね✨アントニオ猪木さんは、いつも元気で明るい方でしたよね🌟
「元気があれば、何でもできる!」、良い言葉だよね。 少し考えれば分かるが、そんなことはない。「元気がなければ何もできない」が正しい。でも、その逆をいうことで、みんな元気になれ、何でもできるんだぞ、というポジティブな気持ちになれる。 #アントニオ猪木
アントニオ猪木完至さんのお墓参り行って来ましたよ。元気があれば何でもできる!!店主にも元気を分けていただけますよう、何卒🙏 #路地裏の小料理屋 pic.x.com/3pLjq1PAbr
まとめ:アントニオ猪木とタバスコの伝説、その真相と闘魂の物語
今回は、今なお多くの人々に語り継がれる「アントニオ猪木とタバスコ」の伝説について、その真相を深掘りしました。
この記事のポイントをまとめると以下の通りです。
- 「猪木がタバスコを日本に持ち込んだ」は誤解: 正確には、彼の会社「アントン・トレーディング」が独占販売権を得て、日本中に普及させた立役者である。
- タバスコはアメリカ生まれ: メキシコのイメージが強いですが、アメリカ・ルイジアナ州のマキルヘニー社が製造しています。
- 「闘魂」あふれるビジネス戦略: 猪木さんは自身の知名度を活かした巧みなプロモーションでタバスコを大ヒットさせました。猪木酒場の「流血場外乱闘」など、ユニークなアイデアも光ります。
- 挑戦し続けた実業家: 彼のビジネスはタバスコに留まらず、「アントンマテ茶」やレストラン「アントンリブ」など多岐にわたり、その根底には常に「挑戦」の精神がありました。
- 権利収入の真実: 残念ながら、事業の過程で販売権は手放しており、現在、猪木さん側にタバスコの印税収入はありません。
アントニオ猪木とタバスコの物語は、単なるビジネスの成功譚ではありません。それは、一人の男が持つ「闘魂」という名の哲学が、いかにして社会に影響を与え、文化を創り上げていくかという壮大なストーリーです。
「迷わず行けよ、行けばわかるさ」の言葉通り、未知の分野に果敢に挑み続けた猪木さん。その情熱と行動力があったからこそ、私たちはピリリと辛いあの刺激を、日常的に楽しめるようになったのです。
彼の残した伝説は、これからもタバスコの瓶 を見るたびに、私たちの心に「元気」と「勇気」を与えてくれることでしょう。